2013年 04月 19日 ( 1 )

10年ノート④

ここで、アシスタントの方たちについて、少し触れておこう。
アシスタントの方々は、授業の下準備や、先生の指示に従って、デモンストレーションをするなど、緊張感の中で、テキパキと仕事をこなしていた。
中でも、日本料理の店で修行していたという女の人は、若いのに、厳しい目つきで常に、全体の進行を見回していた。
包丁さばきもたいしたもので、彼女がいかに厳しい世界に身を置いていたがが伺われた。
厨房の世界は、厳しくも怖い。
グラグラと沸くお湯があり、包丁も至るところにあって、凶器的な道具が揃っている中で、怒鳴りつけられると
厨房に入るのが怖くて仕方なかったと、かのフレンチのシェフ孤野扶美子さんも、語っていた。
どんな仕事も厳しい。崖っぷちに立たされる。
その瞬間に立ち会えるのは、貴重だ。

ともかく、プロフェッショナルな部分に触れる事ができるのは、自分を律するのに絶好な機会だった。

生徒のみんなとは、帰りの飛行機までの時間、気になるお店を食べ歩いた。
この気になるお店をリストアップしてくるのは、たいがい私だった。
平日でも、富山にいる私に、どこの店に行ったらいいかと、東京からよく電話が来ていた。
やっぱり、住んでいるとお店がありすぎて、情報が整理できないのだ。
それは自分の経験からもわかる。
こういう役目は、よそ者に限る。

スクールでは、当たり前ながら毎週課題が出た。
これが、私にはかなりの負担であった。
赤ちゃんがいる中、材料を揃えて、試作して、写真をとり、レポートを書かねばならない。
しかも、材料は、富山では売ってないようなものばかりでそれを入手するのも大変だった。
赤ちゃんが起きていると作業はできない、寝ているすきをと思っても、音で起きる。
夫が帰宅して、夕飯やお風呂など家事を済ませて、夜中の12時から、当時何かとフードに一緒にからんでいた友人と手伝ってもらいながら、課題をこなしていた。

そうこうしてスクールを卒業して、落ち着いた日常を取り戻した。
スクールに行かせてくれた夫と課題を手伝って支えてくれた友人、スクール探しの時にな何日も家に泊めて
応援してくれた友人に、心から感謝!!

落ち着いた日常をと思っていたのだが、好きな事に目覚めてしまっていた私は、自我と育児との葛藤で壁にぶち当たるのだった。

つづく
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by maggoo_3days | 2013-04-19 09:39